涙でリールが見えない RYO from ケツメイシ

2019.11.05

 先日、友人に誘われて「ディスコ」のイベントに遊びにいきました。「ディスコ」といえば「バブル」、「バブル」といえば「お立ち台」、「お立ち台」といえば「ボデイコン」、
「ボディコン」といえば「荒木師匠」でお馴染みのあの「ディスコ」です!!

 「扇子にボディコン」はバブルの象徴とされていますが、実際にはバブル崩壊後です。「平野ノラ先生」が扮している「デカイ携帯に肩パット入のモビルスーツ」は
80年代バブル、私がハッキリと記憶しているのは「扇子にボディコンが戦闘服」である90年代のバブル後期です。最近の若者にはごちゃ混ぜに捉えられているようですね。

当時の私はまだ高校性くらいで、(当時住んでいた)田町駅からジュリアナに向かうハデハデなお姉さんのケツにギョロ目ビームで熱視線を送ってギンギンなるくらいで、
実際に現場に踏み込む勇気もお金もありませんでした。アレから30年。初めてのディスコ体験です。

入り口を過ぎ正面にはミックスCDの物販コーナーがあり、ダンディーなおじさんがCDを売ってサインをしたりファンの方と写真を撮られていました。
よくよく見るとアレ!!!OSSHYさん!!20年以上前、我々ケツメイシがクラブでちょこちょこライブをしていた時に色々な箱でメインDJとして活躍されていた方で、
よく現場が一緒だったのです!当時はバブル崩壊後、ディスコは廃れ、音楽のジャンルを一つに絞った「クラブ」に踊り場の主流が移った時期でした。
私もOSSHYさんのミックスCDを買おうと列に並び数分。私の番がやってきました。

「どうもありがとうございます!」(OSSHYさん)

「、、、、お久しぶりです。ケツメイシのりょうです。」(私)

「あーーーー!!!!!なんか見たことあると思ったんだよー!!!」(OSSHYさん)

「ちょっとちょっと来て!!うわーなつかし〜。嬉しいなぁ。こんなところで会えるとは!」
(OSSHYさん)

裏に引きづり込まれ記念撮影。覚えてくださっていて嬉しかったなぁ。


 そしてエレベーターで4階へ。バブリーなレストラン。吹き抜けになっていて1階のダンスフロアーが見えます。時期はハロウィンで皆が仮装。
ドロンジョの格好をしたおねぇさん、網タイツの際どい格好の美女、トランプの真似をしたお兄さん。

んんん、待てよ。。

実際よくよく見ると顔はスゴいおじさんにおばさん。「甘えんボーイズ」として熟女好きを公言して止まない私ですが、その限界値を遥かに超える熟成度。
シャトーマルゴーでいうと1990です!!改めて周りを見渡すと客の中で我々が明らかに最年少!!でも先ほどの仮装のおねぇさんなどの後ろ姿はメチャメチャセクシー!!
恐らく50代半ば位と思われるのですが、後ろから抱きつきたくなる程の信じられないスタイルの良さです。
いまだに体型を維持されているのにも感服しますが、コレが30年前だったら誰もが振り向くことは間違い無いでしょう。

吹き抜けから1階ダンスフロアーを覗くと、皆さんすげー楽しそうに踊り狂っています。皆、先輩です!往年のダンスクラシックには声を揃え、
当時のディスコでは決まった振り付けがあったのか踊りも揃っています。とにかくスゴい盛り上がり&パワー。チークタイムでは激しく熱い抱擁。
やはりバブルをリアルタイムで経験している人たちはとてつもなくエネルギッシュ!!

DJの煽りの喋りも「今日お誕生日の〇〇さん、1962年10月30日生まれ、おめでとーー!!」

「ちょ、ちょっと待てよ。俺の10個上って、、、57歳!!マジかYO!!信じらんねー!しかもあの人、金髪!!見えねー!」(私)

堪り兼ねて私も1階のダンスフロアーへ。ちょうどOSSHYさんのプレイが始まっていました。もう、なんというか熱気がスゴくて、まさに「キラキラ」というより「ギラギラ」。
皆んな俺よりも大先輩なのにバリバリ踊っててホントに圧倒されました。

この先輩たちの当時は、多分3日位寝ないでも平気で仕事も遊びもバリバリやってたんだろうな。

「明日は早いから飲むのは1時まで。。」なんて言ってる自分が恥ずかしくなりましたよ。

帰り道、一緒に行った友達と、

「俺らもバブルの時代を生きてたら、もっと人生楽しかったかもしれないね。。。」

なんて話をしながらの帰り、最後に地元のバーで飲んでたら、これまた10個上の57歳の先輩(偉い人)が、

「会社のデスクの前の女がワシを誘惑してくんねん。気のせいやと思っとったらそれが毎日やで。せやから言ってやったわ。。『俺の海綿体ナメんなよ!』ってね。」

なんて仰せられていました。やはりバブル世代は強い。勝てるはずがありません。でも、私世代やもっと若い皆さん、多少、無理して仕事も遊びもやってみませんか??
そんなことを思わせた1日でした。そんなわけでまた来週!!


(追記)
その翌朝、沖縄のシンボル首里城が燃えるという信じられないニュースがありました。もうなんというか、言葉になりません。。
20年前、我々が許可も取らずに勝手にアルバム「ケツノポリス」のジャケットに使用させて頂いた首里城。
何回も使わせて頂いて一方的に親近感を持っていますが、地元の皆さんの喪失感は想像に難くありません。沖縄には基地ではなくああいうものこそ必要だと思います。
沖縄のふるさと納税では「首里城再建支援プロジェクト」も立ち上がっており、私もやりたいと思います。
果たして再建が正しいのかも部外者の私には正直わからないのですし、いい加減なことは言えないのですが、皆さんにも考えて頂けたら嬉しいです。