涙でリールが見えない RYO from ケツメイシ

2024.03.26

 今日からうちに居候が加わります。中学生の頃から知ってる下の娘の同級生なんだけど、4月から社会人でウチの近所の病院に就職する事が決まって、

「(夜勤とかもあって)家から通うの大変ならウチに住んでもいいよ!」(私)

なんて、ちょっと前に言ってたら本当に引っ越してきました。ウチの長女も独り立ちして部屋も余っていたから賑やかになって丁度良いです。社会人も大変だから、ウチからのんびり通って、職場での「新米イビリ」も物ともせず、真面目に世の為、人の為に働いて立派な大人になってくれたら嬉しい。



もう死んじゃったんだけど、ウチの近所に素晴らしいお婆さんがいました。莫大な敷地を持っていたお婆さんは、自宅の敷地内にアパートを建て、お金の無い留学生達を迎え入れ、週末にはささやかなパーティーを開き、異国での生活に悩んでいる学生の相談に乗り、まさに「寮母さん」「日本の母」みたいな感じだったんです。

お婆さんは若い頃、航空関連の仕事に就き、あちこち海外で暮らしていたそうなんですが、当時はアジア人である自分が家を借りるのに大変な苦労をしたそうです。だからこそ今度は自分が「夢を持って日本に来る若者達を応援」してあげようと、そんなことを始めたのでした。

綺麗事ばかりでなく、ただでさえ安い家賃を払わない若者がいたり、留学生同士が文化の違いでしょっちゅう揉めたり、博士号が取れなくて夢破れ帰国したり、行方不明になる者がいたり、大変な事も色々あったそうです。

このお婆さんが凄いのが、日常会話程度なら6ヶ国語話せて、死ぬまで意欲的で80歳過ぎてから、もう1回大学に入り直して勉強したりと、とんでもないバイタリティーの持ち主だったそうです。

晩年のお婆さんは、かつての息子達が立派な大人になって、10年20年ぶりに日本に来て挨拶しに来てくれるのがこの上ない喜びだったそうです。お婆さんがお世話していた中には、優秀な国費留学生もいて、自国に戻ってからとてつもなく偉くなった方達もいたらしく、お婆さんが亡くなった時は、「国賓か?!」と思われるような黒塗り車が、ズラッとおばあさんの自宅前には並んでいたそうです。

野村監督の座右の銘に「金を残すのは三流、仕事を残すのは二流、人を残すのは一流」というのがありましたが、このお婆さんはまさに一流でしたね。

お婆さんが亡くなった後、家に帰ってきた息子が「多国籍無法地帯」になっている自宅を見て「何やってんだ!!コレは!!!!!」と激怒し寮は解散。。残念だけどそりゃそうだよな。余程の覚悟と根性が無いとあそこまで人の為に尽くせませんよ。

私も20年後にはあんなカッコいい老人になりたい。。



まあ、そんな将来の夢は置いといて、今週末からいよいよ全国ツアーが始まります!久々の出張気分にワクワクが止まりません。全国の美味いもの、ご当地ラーメン、熟女クラブのママ、変態風俗、お世話になっているスタッフの皆さんとの久々の再会、盛大な打ち上げ、そして会場に来てくださるお客さん達のニコニコな顔。

コレらは全て、ちゃんとライブを成功させてこそのものなので、残された日々を有効に使いたいと思います!!では来られる方は、週末「エコパアリーナ」でお会いしましょう!!!

ではまた来週!!!素晴らしい1週間を!!!